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究極の欲求

2014/04/12

今日も今日とてバイクに乗れず、悶々としております。さきょーです。

さて、ガラッと話しは変わりますが。

 

嫌いな人は嫌いな御話ですので、クソ真面目に読まず、斜め読みして頂けると幸いです。

 

 

皆さん、哲学というものを知っていますでしょうか。

ひとくくりに言うと、一番無駄な学問であり。一番古い学問でもある。

 

私の考える哲学とは、確か「らしい」ことを積み上げていくことだと考えております。

簡単に言うと人の言葉は疑えってことです。

 

さぁさぁ、こんなのはどうでもよくて・・・

 

 

皆さん、一度は考えたことがあると思います。

単純で究極の問い。

 

生 き る 意 味

幸 福 と は 何 か

 

そこについて、最近よく考えを巡らせております。

 

さあ、そこで答えを出すために考えられた事。

そう、哲学なんです。

その幸福とは何か、生きる意味とは何かについての文章は沢山の偉人達が考えている問題です。

 

大雑把に上げてみますと、

・ニヒリズム

・功利主義

・実存主義

・論理実証主義

・自己実現理論

 

ざっとこんな感じで、その生きる意味について人生を費やした偉人もいるんです。

順を追って、軽ーく説明していきますね。

 

・「ニヒリズム」

簡単に言います。 人生に意味は存在しない。

これだけ。

哲学的な言葉に変換すると、

「最も高い価値のあるものを無価値にしてしまう」過程と言えます。

 

要するに、価値がないわけです。

かの有名な哲学者、ニーチェの唱えた考えです。

この定義に反論する者、解決策などを挙げている人もいますが、そこは割愛。

 

 

・「功利主義」

この考えの起源は、かなり古いものであります。

簡単に言うと、人生は快と不快の二種類によって支配されている。というもの。

上記の内容だと、言葉遊びとしての誤差が出てきますがそれについては割愛。

 

また、この設の面白い所は道徳的理論として考えた場合も提唱していること。

善はなんであれ最大多数の最大幸福である、と。

 

この思想の創始者、ジェレミーベンサムは、生きる意味を

「最大幸福の理論」と定義もしています。 面白い。

 

 

・「実存主義」

これについては、性別によって変わる。という感じです。

人生とは、超自然的ないし神によって決められるものではない。

各個人が創造していく、というような。

かくして、我々の論理的で主要的な行いは自由、自己決定のものである、と。

 

この概念の面白いところは、この先に挙げていきます、実証主義の概念を否定している、という事です。

簡単に言うと、それぞれに人生があるんだよ。 っていう。世間一般の考えはほぼこれではないでしょうか。

 

哲学者、キルケゴールは「信頼の跳躍」なんていう洒落た言葉を作りました。

人生は不条理に満ち溢れ、世間は私個人について全く無関心であるからこそ、自己を決めなければいけない。

ということです。

 

私達は有限だから、条件を付けずかかわりあうことが不安や絶望から救いあげてくれる。なんて、洒落てますね。

そしてニーチェはこの考えを絡め、ニヒリズムを否定しています。

要するに、ニヒリズムには生きる「目的」が欠如しているのだ、と。

 

 

 

・「論理実証主義」

これはアレです。私が一番嫌いなやつです。

「理論的に」解を「出す」のではなくて

「人生とは何か?」ということ、「問う意味はあるのか?」

というもの。

説明すると非常にややこしく、私の語彙では表せないので省略します。

まぁ、数学的に求める。 みたいなもんでしょうか。

 

 

・「自己実現理論」

私の中の宗教として、この概念が一番合っていると思っております。

概要としては、人間は自己実現に向かって絶えず成長している生き物である。と「仮定」して

人間の持つ欲求を5段階の階層に理論化したものです。

聞いたことあるんじゃないでしょうか?「マズローの欲求段階説」なんて言葉を。

 

一つずつ階層を説明していきます。

 

1・生理的欲求

2・安全の欲求

3・所遇と愛の欲求

4・承認(尊重)の欲求

5・自己実現の欲求

 

1についてはよく聞くのでさらっと触ります。

「生理的」なので、食欲や睡眠欲、性欲等。 皆さんが持っている欲です。

ほとんどの「人間」は、これらの欲については本能的に持っているものなので、即座に二段階

安全の欲求へステップアップするもの、と考えられています。

 

2・安全の欲求。 それってなんぞや?って話ですよね。

多分、日本人ならほとんどの方が欲しているんじゃないでしょうか?

1の生理的な欲求が満たされると、次は自分の安全。 すなわち住環境に対しての不安が出てくるわけです。

それを取り除きたい、というので出てくる欲求です。

外国人が日本に渡って来るのも、この欲求からであってもおかしくないですよね。

今は住環境について書きましたが、他にも経済的な安定や健康状態の維持等も安全の欲求になります。

 

3・所遇と愛の欲求。 これは大体想像がつくかと思います。

社会的な安全、経済的な安全を手にした時に出てくる欲求です。

簡単に言うと、「私は必要とされているのか?」「私を愛してくれる人はいるのか?」

 

30代のサラリーマンなどが考える問いでもあるのではないのでしょうか。

社会的、情緒的な欲求です。

 

4・承認(尊重)の欲求。 これはある程度の地位がついて回ってきたときにあらわれる欲求とされています。

 

まぁ、会社で認められて必要とされていることへの欲求です。

40代~または社長さん。これについてかなり考えるのではないでしょうか?

これを欲せずとも着いてまわる人が、カリスマ。といわれる人でしょうね。

ただ、この尊重については二種類あるとされていて

低いレベルの欲求とすると、他者からの「尊敬」、地位への「渇望」。名声や利権、注目を得られれば満たされます。

この概念の提唱者、マズローはこの低いレベルの欲求を満たされ、その場でとどまるのは非常に危険だと言っています。

なんとなく、わかりますよね。

また、高いレベルの欲求になると

「自己尊重感」、新しい技術や能力の「習得」、自己信頼感、「自立性」などを得ることで満たされます。

低いレベルと違い、自分自身への価値を求める欲求です。 自己探求心、なんて言葉がベストマッチですね。

そして、この欲求が妨害されたりして劣等感、無力感という感情が出てきます。

4の欲求は先ほども挙げましたが、やはり前の3階層が満たされていなければこの段階にはいけませんね。

 

 

5・自己実現の欲求。

最短にして、最難の欲求。

これは、人によって変わります。4階層まで満たされていたとしても、自分にそぐわないことだとすぐに不満が出ます。

要するに、自分に最適なことを見つける欲求、とでも言いましょうか。

自分の持つすべての能力や技術を全て発揮して、「具現化」する。そんな欲求でもありますね。

そして、この階層まで進むと全ての行動がこの自己実現に終息していくのです。

 

これらの5つ全てを満たした者、「自己実現者」は、マズロー曰くこのような特長があるそうです

1.現実をより有効に知覚し、より快適な関係を保つ

2.自己、他者、自然に対する受容

3.自発性、単純さ、自然さ

4.課題中心的

5.プライバシーの欲求からの超越

6.文化と環境からの独立、能動的人間、自律性

7.認識が絶えず新鮮である

8.至高なものに触れる神秘的体験がある

9.共同社会感情

10.対人関係において心が広くて深い

11.民主主義的な性格構造

12.手段と目的、善悪の判断の区別

13.哲学的で悪意のないユーモアセンス

14.創造性

15.文化に組み込まれることに対する抵抗、文化の超越

 

面倒だったので、wiki先生からまるっとコピペしました。申し訳ない。

一つ一つ説明していくのは面倒なので、各自の解釈に任せます。

 

さて、長ったらしく私の言葉も交えて書いていきました。

なぜこんなことを書くのか?

皆さんご存じのとおり?私は重度のバイク馬鹿です。さぁ、聡明な御方ならおわかりかと思われます。

 

えぇ、バイクです。 私に今無いもの。欲求の5階層。

人生とは何か。 私はやはり己の趣味や興味を究極に高めるためのものだと思っています。

 

こんなふうにグダグダ書き殴りました。バイクさえ乗れれば。。。

それが私の理念でもあり、行動力、原動力となってます。

 

皆さんも、自分の中の感情、理論を「哲学的一面」として捉えてみると、面白いかもしれませんよ。